2011年03月21日

Love Way

わてら世代で、“ロック”を語る上では欠く事のできない
「尾崎豊」の生涯を語るドラマを、テレビ東京でやっていた
恐らくは、尾崎が着ていたというTシャツの切れ端を
商売の道具として売っているオジさん
が企画したものだろう。

途中から、何となく見ていた。

ドラマ中の“尾崎”は、売れた瞬間、訳も解らず死んでいた。




何なんだ。このドラマは。

確かに、尾崎豊というミュージシャンは、
あの時代の若者たちのハートを鷲掴みにして
その才能を結実させる前に命を落とした“カリスマ”である


でも、彼の才能を“カリスマ”たらしめたのがオトナの所行であれば、
彼に、死に至るほどの苦悩を抱えたのも、
またオトナが彼に与えた“負荷”だった訳である。

それが悪いとは言わない。
いつの時代でも、
“カリスマ”は少なからず同情の枠を超えた不幸を背負っているものだ


しかし、このドラマに出てくる“尾崎豊”は、
彼に関わったオトナたちにとって、余りにも都合が良すぎる。
彼が如何に「行き場を無くした少年たち」の代弁者に位置づけられ
その「十字架」による負荷を不必要に大きくされ、
そして、最後はそれに殉じる道を選ばざるを得なくなったを
まったく描かずして、“カリスマ”が勝手に死んだ様だけを紹介している。


そして、そんな彼の死に様を理解することなく、
オトナたちは、今なお“尾崎豊”でメシを喰っているのだ


そのうち「パチンコ・尾崎豊」が出るぞ!!!!




自分は、それこそ“オトナ”になるまで、尾崎豊の楽曲が好きではなかった。
何故なら、自分は思春期の頃に、年相応の歓びを謳歌していたし
その年頃に感じる不都合にも矛盾を感じていなかったからだ

義務教育のうちは、教科書に書かれたことを知るべきだ。
扶養家族のうちは、これに甘んじていても、損をすることはない。


※この時点で“ロッカー”にはなれないけれど。




ただ、上で述べた世間に対する矛盾は、
思春期の頃より、むしろ社会人になった後の方が重くのしかかってくる。
大学時代の合コンで飲むより、
勤め人となってから、場末の飲み屋で飲むビールに癒しを感じるのは、
世間に対する苦みを除去したい想いが強くなるからだ。

それはさておき、尾崎豊というミュージシャンを「伝説」たらしめたのは
活動初期に制作した楽曲のクオリティはもちろんのこと、
「何故、生命を殉じたのか」という1点が余りにも大きい
「十七歳の地図」や「卒業」、さらに「I Love You」は
彼を語る上では、言葉足らずにも程があるのだ。




上でも述べたように、
同時代を生きた自分は、彼を好きではなかった。

「何をひねくれているんだ」とさえ、思っていた。

そんな彼に対する評価が変わったのは、
彼が覚醒剤所持で逮捕され、
そこから復活した後に出されたシングル「Love Way」を聴いてからだ


歌詞



たぶん、オールナイト・ニッポンか何かで聴いたはず。
「十七歳の地図」も「卒業」も「I love you」も絵空事に聴こえた自分でさえ、
このサウンド、そして歌詞は耳を貫いた。

「これは、メッセージだ」そう思った。

そりゃそうだ。時代を創った“カリスマ”がムショ上がりで創った楽曲なのだ。

こんな歌詞がある。

Loveway 何ひとつ確かなものなどないと叫ぶ
Loveway 足りないものがある それが俺の心



「世代の代弁者」であることを強いられた彼の“叫び”が
この曲に集約されている気がした。

尾崎豊は、ホントにすごいミュージシャンなのかも知れない

そう思い始めた瞬間、彼は時代を飛び越えていってしまった。









今回のドラマを、全て見届けた訳ではないけれども
「尾崎豊」というミュージシャンの生き様はおろか、
その断片さえも描けていなかったと思う。
描いているのは、レコード会社を、そしてプロデューサーを潤すに値した
ひとりの若いミュージシャンの顛末を描いただけに過ぎない。


確かに日本のポップミュージック史を語る上で、
外す事ができないピースではあるけれども、
逆に、彼ほど、その生涯を安いビジネスに転嫁されたミュージシャンもいない。
それを強調づけたドラマだったように思える。




ちなみに、自分が一番好きな尾崎豊の楽曲は、これです。





俺の「Love way」は、まだまだ五里霧中だ〜。
posted by 天八亭寅次郎 at 23:45| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ツッコミ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
実に興味深い考察ですな。

ワシは兄さんもご存知のとおり、元々パンクやメタルばかり聞いてた人間ですが、ツレに薦められて初めて卒業を聞いた時にはハンマーでど頭をどつかれた位の衝撃を受けた記憶があります。
さすがに窓ガラスを壊して回ったりはしてませんでしたが、荒んだ物の考え方をしていた当時の自分には共感出来る部分がとても多く、あっという間にファンになってましたね。

自分は件の番組を見ていないので、その番組がどういった解釈で彼の人生を描いていたのかわかりませんが、彼が苦悩を抱えていたであろう事は間違いないのでは、と思います。
自分は学生時代に兄さんが「10代の代弁者として大人に反抗してきた自分が、大人になっていくという事に対するジレンマがあったのでは」と言っていたのが、とても印象的だったのを覚えてます。

自分もオッサンになり、徐々にあの頃の気持ちを忘れてきているように感じます。
うちの息子が当時の自分の歳になった時、どのような人間になっているかはわかりませんが、息子と同じ視線に立って見守ってやれる親父になっていたい…と彼の歌を聞く度に思います。

Posted by よしお at 2011年03月22日 13:41
よしおくん。
あたし、学生時代からそんなこと言ってましたか!?(←忘れてる)

一人のシンガー・ソングライターとしても
高く評価されるべき楽曲を残している彼ですが、
どうも死後は、「オトナたち」の商売の道具にされ
不必要に美化されているところがある気がします。
覚醒剤で捕まった話などは、
完全にタブー化されているしね。

「尾崎」で商売をするためには、
都合の悪い事実は排除する必要があるんでしょうな。

ただ、その時点で、もうロックでもないです。
Posted by 寅 at 2011年03月22日 23:40
よしみん、寅様の文いっつもロックだなあって思ってますよ。あと個人的な意見ですが、ロックっていうと何かを“する”っていう前提があるように感じることが多いのですが、何かを“しない”ロックっていうのもあると思います。上手い例えか分からないけど、私感動の押し売りのワンピースより、バトルの面白さに特化したドラゴンボールやジョジョの方が感動するし作者のスタンス格好いいと思ってしまうんです。音楽もチャリティーソングやイベントに熱心なGLAYやあゆより、そういう便乗商法しないで、祈りや応援ソングに逃げないでクオリティ高いラブソング作るミュージシャンの方がすごいと思うし。あと地元密着型の商店とか老舗とか、従業員への福利厚生に力入れてる餃子の「王将」とかも、ド派手な慈善事業する大企業より、格好いいと思います。
Posted by 443 at 2011年03月24日 21:32
443さま。
まぁ〜「ロック」ってのを語り出すと、
恐らくは解釈論になっていくと思うので、
聞く人が聞けばGLAYやあゆもロックなんでしょう。
それは否定しないようにしています。


ただ、便乗商法は良くないですな。
個人的には「We are the world」的なことをすぐやりたがる
音楽プロデューサーが一番イヤです。
Posted by 寅 at 2011年03月25日 20:38
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