先日、暇だったもので、
自分が昔書いたものを読み返しておりました。
「いや〜やっぱオレ、おもろいわ!」
と自分大好きな寅はフツーに思えてしまうので困りものですが
とは言え、コレまだ使えるんじゃないの?と思えるようなものも…。
てな訳で、ちと昔のものを再放送ならぬ再UPしてみます。
かつて「寅の三題噺」と称しまして
読者の皆さまより“お題”を頂戴し、
それを必ず使用した小噺を創るという企画をやっておりました。
そのシリーズの中から
「フィールドオブドリームス」
というものをお送りします。
【2010プロ野球セ・リーグ開幕記念】
〜『寅の三題噺』第2回
お題 = 墾田永年私財法、プロ野球開幕、ガチャピン〜
いよいよ明日からプロ野球開幕という、春の日の夕暮れ。
阪神甲子園球場のグラウンド整備を請負う、
阪神園芸のベテラン職員が、
球場のホームベースのところから、
うかない表情でバックスクリーンを見上げている。
「おぇ〜すゲンさん、
明日から、またトンボ担いで頑張らなあかんな」
「…なんや、ナベかいな。どないしたんや」
「どないしたんは、こっちの台詞やでゲンさん。
えらい元気ないがな」
「アホなこと言いなや…、やっぱ、そう見えるか?」
「そらそうや、
いつもやったら『白木屋行こか〜』って、来る時間やがな」
「今、そんな気分やあらへん。
開幕戦のグラウンド整備も、今年が最後かと思うと…」
ゲンは今年で65歳。
定年後、嘱託として地面をならすトンボを握っていたが、
ついに明日の開幕戦を最後に、
トンボを置くことを決めたのだった。
「しかしゲンさんはスゴイわ。
未だにトンボ1本で、最高のマウンド作るんやから〜」
甲子園駅前に何年か前に出来た居酒屋は、
オープン以来、男たちの溜まり場だ。
10年以上、ゲンと共に内野のコンディションを作ってきたナベが、
明日で去ってしまう同士の武勇伝を、
ロッカールームで無理矢理誘ったバイト生たちを相手に、
ジョッキ片手に語っている。
「あの江夏がやな、
『ゲンさんの作ったマウンドでしか投げん』て言うてたんやぁ」
「ナベ、もうええって。その話、今日だけで7回目や」
「いやいや、コイツら解ってないねん。
このゲンさん先生の凄さをやなぁ〜」
「キミらも悪かったなぁ、金、ええさかいに、もう帰りや」
「おい、コラ、オマエら! 話まだ…」
同じ専門学校に通っていると言う、
同じような顔をしたアルバイト二人は、
安堵の表情を浮かべ、ゲンに会釈をして店の出口へと消えた。
「でもな、ナベよ。
俺な、一人だけ、完璧にトンボ捌きで負けた奴がおんねん」
「え!そんな奴おったんかいな?」
ゲンは、2杯目の生ビールを飲み干し、引き締まった顔で呟いた。
「…ガチャピンや」
日頃、冗談など言わない男の、突飛な発言に、
ナベは飲みかけた焼酎のお湯割を、ゲンの顔に吹き出した。
「ガチャピンって、あの青虫みたいなヌイグルミかいな!」
「オマエ、汚ったないな〜。びしょびしょやないか」
「だって、ゲンさん、おかしな事言うから」
「ホンマや。あの青虫、
トンボ1本で、真綿みたいな…でも芯は固いマウンド作りよった」
「しかし、なんでガチャピンがマウンド作ったんや」
「ホンマは始球式で来よったんや。
でも俺の顔見るなり、トンボ貸せ言うてな…」
「ほんで、どないしたんや」
「自分が放るマウンド整備しよった。
木のトンボが生き物みたいに地面に喰いつきよる」
「へぇ〜、唯一ゲンさんが負けた相手が、ガチャピンとはなぁ〜」
3杯目の生ビールの泡をすすった後、
ゲンは表情を更に強張らせ、切り出した。
「今から言う話、誰にも言うなよ」
「お、おう。大丈夫や」
「実はな、俺、ガチャピンに付きまとわれてんねん」
「え?」
「アンタのトンボ捌きが必要や、言うて、ウチに電話かけてきよる」
「なんで、また?」
「何やら、東京の河田町いうところに、財宝が眠ってるらしいねん」
「なんやて! 財宝?」
「オマエ、声がデカい!
それも骨董品らしくてやな、大掛かりな工事がでけんと」
「パワーショベルとかで行ったら、壊してしまうんやな」
「そうや。だからトンボみたいな細かい力加減が必要らしいんや」
「それで、ゲンさんに白羽の矢が立ったと」
ようやく信用し始めたナベを相手にゲンは、
その「工事」のために、
ガチャピンがフジテレビをお台場へ移転させたこと、
そして全国をロケで回りながら、人材を探していたこと、
さらにゲンと出会ってからは、
番組を終了させ、
ゲンへの「ストーキング」を強化したことを話した。
「ええ話やないか、財宝見つけたら、左うちわやで、毎日」
「いや、俺はもう、
これから家で毎日ビール飲みながら、孫とナイター見るんや」
「テレビ局移転させてまで掘りたい財宝や。絶対スゴイもんやって!」
「だから声がデカい! 俺はその気ないねん。それに怪しいがな」
「俺やったら、迷わず行くで」
「こないだ正月の一日から電話かけてきよった。今から迎えに行くって」
「で、ゲンさんどないしたんや?」
「もちろん、ハッキリ断ったよ…
『来んでええ、年始に、財宝なんて…』言うて」
「ん? 何て?」
「『こんで(ん)ええ、ねんし、ざいほう』なんて…て」
「…そうか」
翌日、ゲンが最後のマウンド整備に取り掛かった頃、
甲子園から遠く離れた神宮球場の開幕戦で、
またも始球式のマウンドに向かうガチャピンの姿があった。
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