2011年04月10日

ひとつ

最近、面白いなと思って読んでいるコラムニストの小田嶋隆氏が
「ひとつになろう」キャンペーンの“気持ち悪さ”を語っていた。

日本人共通の目的である
「復興」に対してのアプローチは様々な形態があって良い訳で、
極端な自粛ブームのような形で“ひとつ”になるのは、いかがなものか?
というような内容。

そして、原発推進派のような
特殊な「利権」に群がっていた人達(政官民)は、
反対意見を排斥してでも目的を達成するために
ある意味“ひとつ”になっていたじゃないか
、という言及もあった。


思わず、膝を打った。



東日本大震災から1ヶ月。
フジテレビでは「ひとつになろう、日本」のフレーズを
アナウンサーからサザエさんにまで言わせて、
その浸透を図っている。
日テレは「つながろう、日本」のフレーズを
同じく、朝から晩まで、発言者を変えて発信している。


そんな事は言われなくても解ってるし、
出来ることなら何でも協力したい気持ちは
心ある日本人なら皆抱いている事だろう。


日本中を感動の渦に巻き込んだ
サッカー選手がそれを言うのは言葉以上の説得力があるが、
人がやらないような下品な番組ばかり作ってたTVプロデューサー氏が
しおらしい顔して「買いだめはやめましょう」なんて言ったところで
それすらギャグなんじゃないのかと勘ぐってしまうぐらい説得力がない

彼が一番言うべきセリフは
「買いだめをやめよう」とか「被災者の気持ちになろう」なんて言葉じゃなく
「くだらない番組見てないで、テレビを消そう」
ということなのでは?



ま、それはともかく、
今いちばん“ひとつ”にならなきゃいけないのは
芸能人でも国民でもなく「政府・行政」なのだが

それを当事者たちが一番解ってないのが哀しい。
石原慎太郎が今回の大災厄を「天罰」と言ったが、
それは政治家たちに対してのセリフだったのなら
多少は頷ける部分もあるかも知れない。
(言い回しとタイミングはサイテーだったが)


「ひとつになること」が目的になってはいけない
日本人が「ひとつ」になって、何をやるのか、何を目指すのかが重要
「ひとつ」になることだけを目的に盲進して
破綻してしまった民主党政権のように、
そこに意思が無ければ、その行動も空虚なものになり兼ねないのだ。


そんな中、東京都知事選挙は石原氏が勝利、
大阪では橋下府知事が立ち上げた「大阪維新の会」が躍進している。
これらの現象にも、「ひとつ」になった或る意思が影響しているのだろうが
本当に一般市民の幸せに寄与する結果なのだろうか…。


我々の幸せも、為政者の“こころひとつ”なのだろうか
ほんと“不幸な民主国家”に成り下がったものだ。



あ〜あ、俺も“ひとつ”になりたい。
…もっとも、この場合の“ひとつ”は下ネタなのだが。
俺も余計な文章書いてずに、PCを消すかな。
posted by 天八亭寅次郎 at 23:08| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ツッコミ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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