2011年04月28日

「THE CHIKUZAI(蓄財)」

震災以降、「不謹慎」という言葉が横行した瞬間があった
何をするにも、やれ不謹慎だ、やれ自粛だと。
そんな事言ってても経済は回らないし、
とにかく元気が出ないってな事に皆が気づき始めて、
少なくとも関西では少しその気風が薄れてきた気がする。
これは別に悪い事ではないのでは。


そんな中、正直今年一番の“不謹慎”なトピック

島田紳助審査委員長で『THE MANZAI』復活



以下、サンスポより。


復活のきっかけは、
漫才ブームを平成の世に再来させた「M−1グランプリ」の終了だった。
紳助の企画によってテレビ朝日系で放送されたが、
10年の節目を迎えた昨年終了。
今年に入り、フジテレビでは
「このまま漫才ブームの灯を消していいのか」(神原孝プロデューサー)
紳助サイドに熱烈アプローチし、
伝説の番組名を復活させることで快諾を得た
 
「M−1」は結成10年未満のコンビであればプロ、アマを問わず出場できたが、
「THE MANZAI」はプロの漫才師に限定し、
年齢、芸歴の制限をなくして真の漫才日本一を決める。




これって、ホント不謹慎!


理由1:「本家」の喪は明けたのか?

本家「THE MANZAI」のプロデューサーだった
敏腕テレビマンの横澤彪氏が亡くなったのは今年の1月
そのバラエティへの想いを継承し、
新たな歴史を築きたいとでも言うのかと思ったら、
なんてことはない「漫才ブームの灯」と来たもんだ

「本家」のお陰で今の自分がある、ぐらいの事を宣うのなら
せめて横澤さんについて少しでも語るべきなのでは?

恩…感じてないんだろな。




理由2:“漫才師”でもないのに「審査委員長」?

コンビ歴の縛りを取っ払うということは、
理屈で考えれば、芸歴ウン十年の大御所が出てきても良いわけだ。
そんなベテランの「芸」を
それこそ「THE MANZAI」をやってた期間で小銭稼いで
その後ケツ割って漫才を辞めた人が先頭に立ってジャッジするってか?

失礼な話じゃない?
少なくとも、オール巨人師匠は黙ってないんじゃない?(←妄想)



理由3:テーマ曲

引用した記事には続きがある。


紳助はテーマソングも考案中という。


ほら出た! お得意のビジネスモデル!

あの“恥ずかしい3人組”を筆頭とした、印税ビジネスをここでも展開。
伝説の番組を持ち出すばかりか、自分の商売にしちゃうなんて!

これが一番、不謹慎だと思う。





確かNON STYLEがM-1獲ったあたりで、決勝の審査コメントで
「もう、このレベルまで来たら、(優劣は)好き嫌いでしかない」
と紳ちゃん自身が言ってた通り、
「話術」の優劣はあれど、
「話芸」の優劣って、究極は好き嫌いでしか決められないもの

だから中堅・ベテランの芸を並べて優劣を決めるというのは
非常にナンセンスだし、誰も得をしないと思う。


※そもそも、そんな“危険”な大会に
 若手以外がエントリーするとは思えない。
 特に、名のあるベテランが。
 でも、本当にテレビで観たいのは、そういうベテランの芸だ。



いや、得をする人間がいた。“主催者”だ。
注目を浴び、金を集め、手柄を独り占め。


マンザイよりチクザイに心血を注ぐ司会者

いいんじゃない。

人柄がよく現れているし。






もっとも、ダウンタウンに、久々に新ネタ漫才やらせます、とか言うなら
それは観てみたい気がするが。
まぁ、しないだろう。
M-1チャンピオン経験者集めての「プロレス・コンテスト」は12月に開催
季節柄、さむ〜い内容にならないことを願うばかりである。
担ぎ出される漫才師たちのために。

posted by 天八亭寅次郎 at 01:00| 大阪 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | ツッコミ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

ひとつ

最近、面白いなと思って読んでいるコラムニストの小田嶋隆氏が
「ひとつになろう」キャンペーンの“気持ち悪さ”を語っていた。

日本人共通の目的である
「復興」に対してのアプローチは様々な形態があって良い訳で、
極端な自粛ブームのような形で“ひとつ”になるのは、いかがなものか?
というような内容。

そして、原発推進派のような
特殊な「利権」に群がっていた人達(政官民)は、
反対意見を排斥してでも目的を達成するために
ある意味“ひとつ”になっていたじゃないか
、という言及もあった。


思わず、膝を打った。



東日本大震災から1ヶ月。
フジテレビでは「ひとつになろう、日本」のフレーズを
アナウンサーからサザエさんにまで言わせて、
その浸透を図っている。
日テレは「つながろう、日本」のフレーズを
同じく、朝から晩まで、発言者を変えて発信している。


そんな事は言われなくても解ってるし、
出来ることなら何でも協力したい気持ちは
心ある日本人なら皆抱いている事だろう。


日本中を感動の渦に巻き込んだ
サッカー選手がそれを言うのは言葉以上の説得力があるが、
人がやらないような下品な番組ばかり作ってたTVプロデューサー氏が
しおらしい顔して「買いだめはやめましょう」なんて言ったところで
それすらギャグなんじゃないのかと勘ぐってしまうぐらい説得力がない

彼が一番言うべきセリフは
「買いだめをやめよう」とか「被災者の気持ちになろう」なんて言葉じゃなく
「くだらない番組見てないで、テレビを消そう」
ということなのでは?



ま、それはともかく、
今いちばん“ひとつ”にならなきゃいけないのは
芸能人でも国民でもなく「政府・行政」なのだが

それを当事者たちが一番解ってないのが哀しい。
石原慎太郎が今回の大災厄を「天罰」と言ったが、
それは政治家たちに対してのセリフだったのなら
多少は頷ける部分もあるかも知れない。
(言い回しとタイミングはサイテーだったが)


「ひとつになること」が目的になってはいけない
日本人が「ひとつ」になって、何をやるのか、何を目指すのかが重要
「ひとつ」になることだけを目的に盲進して
破綻してしまった民主党政権のように、
そこに意思が無ければ、その行動も空虚なものになり兼ねないのだ。


そんな中、東京都知事選挙は石原氏が勝利、
大阪では橋下府知事が立ち上げた「大阪維新の会」が躍進している。
これらの現象にも、「ひとつ」になった或る意思が影響しているのだろうが
本当に一般市民の幸せに寄与する結果なのだろうか…。


我々の幸せも、為政者の“こころひとつ”なのだろうか
ほんと“不幸な民主国家”に成り下がったものだ。



あ〜あ、俺も“ひとつ”になりたい。
…もっとも、この場合の“ひとつ”は下ネタなのだが。
俺も余計な文章書いてずに、PCを消すかな。
posted by 天八亭寅次郎 at 23:08| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ツッコミ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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